STRANGELANDS Eurasian Poetic Drama vol.2
feat. Marya Korneva
本作は神話、伝説、歴史の断片が折り重ながら、弦楽四重奏やエレクトロニクス、邦楽器、伝統楽器によるアンサンブルが絡み合う。このアルバムは3つのシーンで構成されている。これはバイカル湖のセイレーンの声で大地に潜んでいた言葉たちを歌う、ユーラシアの詞華集だ。歌声が伝説の湖底都市を遊泳し、ユーラシアの空に飛翔する。
< Act 1> Mysterious Relationship
1 Two folk songs 二つのフォークソング
2 Lake Svetloyar 聖なる湖・スヴェトロヤール
3 Traveler’s guide to Japan 日本国への旅案内
<Act 2> Voices of Diaspora from Eurasian Opera “Sansyo the Bailiff”
4 String quartet1 Sea of Japan<East Sea> 弦楽四重奏曲No.1 日本海
5 Korean Sea spirit, Ino 海の精イノ
6 String quartet2 Ainu Kotan, Hokkaido 弦楽四重奏曲No.2 アイヌ・コタン・北海道
7 String quartet3 Sakhalin and Arirang 弦楽四重奏曲No.3 サハリン・アリラン
8 By the Wild Steppes of Transbaikalia バイカル湖のほとり
9 String quartet4 Chechenya 弦楽四重奏曲No.4 チェチェン・カザフスタン
10 Eurasian Sinawi «Father’s Will» ユーラシアン・シナウィ
11 Two Lullabies~12 Aryon 二つの子守唄 ~幼子の魂
13 String quartet 5 Korea 弦楽四重奏曲No.5 韓国
<Act 3> Poets
14 Our first Song 1 私たちははじめて聴くのだ歌というものをⅠ
15 Kitezhanka 湖上都市キーテジで
16 Our first Song Ⅱ 私たちははじめて聴くのだ歌というものをⅡ
17 The Bosporus , Istanbul イスタンブール
本作は神話、伝説、歴史の断片が折り重ながら、弦楽四重奏やエレクトロニクス、邦楽器、伝統楽器によるアンサンブルが絡み合う。このアルバムは3つのシーンで構成されている。
1)歌手のルーツでもある、宗教改革で迫害されたロシア正教「古儀式派」の聖なる湖底都市「キーテジ」伝説。歴史にあらわれない日本との謎めいた交流。
2)韓国にルーツを持つウズベキスタン人とサハリンの現代詩人がロシア語で描いた伝統的な韓国やロシアの神話の世界。
3)時代の過酷な変動を生きぬいた、アンナ・アフマートヴァら女性詩人たちの言葉。
<Act 1> Russia and Japan
1 二つのフォークソング (ロシア民謡 編曲: 河崎純)
八木美知依(21絃箏)任炅娥(チェロ)河崎純(コントラバス)吉松章(声)坪井聡志(声)
ロシアの作曲家バラキレフが19世紀末に採集したロシア民謡の一つ。シベリアの農村の風景と、若い女性の悲恋が歌われる。
…私を愛していないのならすぐにこの胸を銃で打ち抜いてください。私は永遠の愛を墓石に刻み込むだろう…
曲終わり、日本語の歌が聞こえる。ロシアに漂着した日本人が望郷の念をこめた歌をロシア人が聞き覚えものだ。幕末に日本を訪れたロシア人がそれを下北半島に伝え、盆歌となった。旋律は現存せず、詞のみ記録に残る。ロシア文学者中村喜和の「おろしや盆踊唄考」に詳しい。
2 聖なる湖・スヴェトロヤール (歌詞:M・ペチュールスキイ「森の中で」より 作曲:河崎純)
大塚惇平(笙)松本ちはや(打楽器)Tamuran Music(シンギングボウルほか) サインホ・ナムチラク(声)
星はスヴェトロヤールをみている
私の夢と歌の贈り物
帝政ロシア時代の宗教改革で追放され森の奥に隠遁したロシア正教古儀式派の人々。そのユートピア伝説の象徴、湖底都市「キーテジ」は、森の小さな湖スヴェトロヤールにある。作家メーリニコフは、森と湖に訪れる人々を幻想的に描写した。
祈祷が始まり、聖像に飾られた木々の半分は、それが蝋燭の灯に照らし出されている。人は多いが、大きな声は聞こえない…静かに囁くように詩編や賛美歌が唱えられている。それは木立の中の蜂の群れのようなもの。鐘の音を聴くことはかなわなかった。それでも満足して帰途につく。
3 日本国への旅案内 (作詞: 不詳 作曲: 河崎純)
小森慶子(サックス)小沢あき(エレキギター・エレキベース)立岩潤三(ドラムス)松本ちはや(打楽器、マリンバ)河崎純(キーボード)
バイカルはその古さ、透明度、深さ、3つの世界一をもつ巨大な湖。周辺にはコールニヴァの家族のルーツでもある「セメイスキー」と呼ばれる古儀式派の人々も多く暮らす。かつてはシベリアの彼方の島国にもユートピア(白水境:ベロヴォージェ)が思い描かれ、マルクという修道僧により「日本国への旅案内」が書かれた。聖地を求め、日本に漂着した人もいたと伝わる。
モスクワより、カザン、エカテリンブルグ、チュメーニ、カメノゴルスク、イズベンスクを経て、カトウーニ川をさかのぼってクラスノヤルスクのウスチュバ村へ。この村で旅人宿のピョートル・キリーロフを訪ねよ。近くにあまたの秘密の洞窟があり、そこからいくばくも無いところに雪をいただく山々が三百露里にわたって連なり、この山々の雪は融けることがない。これらの山々の背後にウミメンスク村があり、そこに小礼拝堂があって、苦行僧ヨシフが守っている。そこより中国に通じる道があり、徒歩で44日行くと、グバニを経て、やがて日本国に至る。
神はこの地を充たされている。
<Act 2> Voices of Diaspora from Eurasian Opera “Sansyo the Bailiff”
「さんしょうだゆう(山椒大夫)」
説経節などで、中世より語られてきた「山椒大夫」。さまざまなバリエーションをもつが、よく知られているのはこのような物語だ。
磐城から左遷された父を探し、母と二人の幼子・安寿と厨子王、乳母は越後の海に着く。だが、日本海で人身売買船により引き離され、乳母は絶望から海に身をげする。北の島に流された母は、泣き濡れて盲目となり、畑の「鳥追い」に身をやつした。子供らは播磨の荘園に売られたが、安寿は自身が入水することで生じる混乱に乗じ、厨子王を逃がす。そして厨子王は、北の島で母と再会し、復讐を遂げながら父を探す。
音楽詩劇研究所のユーラシアン・オペラ『さんしょうだゆう』では、母はさらに北のサハリン島にたどり着く。そこで朝鮮からロシアへの移住をめざす人々に出会い、韃靼海峡の氷の道を通って彼らと極東ロシアへ。高麗人(コリョサラム)と結ばれるも、スターリンによってカザフスタンに強制移住させられる。一方、母を探す厨子王は潮の流れを誤って済州島に漂着するのだった。
そして、物語の登場人物たちは現代に蘇生し、韓国のある若い姉弟は家族のルーツを求めて、ソ連時代に核実験でできたカザフスタンの人造湖を訪れる……。
4 弦楽四重奏曲 No.1 日本海・東海 (作詞・作曲:河崎純)
弦楽四重奏:1stヴァイオリン:髙橋奈緒 2ndヴァイオリン:高岸卓人 ヴィオラ:森口恭子 チェロ:山本徹
──「さんしょうだゆう」の劇中、母が安寿と厨子王、乳母と生き別れる場面にて
「さんしょうだゆう」で演奏された、5楽章からなる弦楽四重奏曲「日本海・東海」「アイヌコタン・北海道」「サハリン・アリラン」「チェチェン・カザフスタン」「韓国」の一曲目。
幼子たちと離別した母の心象風景が表現される。孤独な旅路で聴こえた歌の断片が身体と心の中で乱反射しているイメージで。
青い霧の向こうは海 霧の向こうは海
一羽の鳥 北国からの渡り鳥 白い鳥
5 海の精イノ (作詞:リュドミーラ・ツォイ 作曲:河崎純・八木美知依)
八木美知依(21絃箏)
──別離に絶望し、船から身を投げた乳母が、水の精「イノ」に転生する
波の奥底 静かな海で 寂しいイノは生きる
イノは静かに歌う
静かなる波の布地に
そこに無限の模様が織りなされる
韓国の東海(日本海)の人魚伝説をもとに、ウズベキスタンの女性詩人リュドミーラ・ツォイによるロシア語詩。そこに、説経節で独立して語られることもある越後の人魚伝説を結びつけ、箏演奏とともに歌う歌曲に。ツォイの家族のルーツは、20世紀初頭、朝鮮半島から極東ロシアに移住した「高麗人」だ。彼らは1937年スターリンにより日本人スパイの嫌疑をかけられ、カザフスタンに強制移送され中央アジア各地で労働力となった。
6 弦楽四重奏曲No.2 アイヌ・コタン・北海道 (作詞:リュドミーラ・ツォイ 作曲: 河崎純)
──泣き濡れて盲目となった母が、子供たちを探して蝦夷地を放浪する
たったいま絶望の旋風が吹き、希望の奇跡を
運び去った
異国の冬の寒さ
私は盲目の旅人、奇妙な生ける死者
風の歌の中で、彼女は幽霊のような呼び声を
聞いた
私は安息を求めない
それは私にとっては終焉
知っている なぜそれはざわめくのか
私は沈黙を恐れた
燃え上がる空っぽのペチカ
燃えさかる犬は 光を求めて狂乱する
歌詞はリュドミーラ・ツォイによる、韓国の盲目のシャーマンの神話についての詩などから引用。曲には「ユーカラ」をはじめ、さまざまな遊びや儀式の歌を中心に、アイヌの音楽文化の断片が散りばめられている。舞台で母を演じたペテルブルグのダンサー、アリーナ・ミハイロヴァもツォイと同じく高麗人にルーツをもつ。
7 弦楽四重奏曲No.3 サハリン・アリラン (作詞:ロマン・ヘ 作曲:河崎純)
崔在哲(韓国打楽器、歌)
──韃靼海峡で立ち往生する母の耳に、 対岸から韓国の太鼓と歌が聴こえてくる
この土地では 万物がざわめいている
子宮のような巨大な貝殻!
わたしが聴力を失ったなら
ざわめきが聞こえてくる
それは無名の体の奥深くに流れる
おまえが生まれた土地のざわめき!
私が死ぬ土地のざわめき!
弦楽四重奏で再現する北方諸民族の声が木霊する。歌詞はサハリン島に暮らす詩人ロマン・ヘによるロシア語の詩「サハリン」より。この詩人の両親は1940 年日本統治時代の樺太へ渡って日本人として暮らし、第二次大戦後、ソ連人として暮らした。終戦の直前、ソ連軍の侵攻による難を逃れることができた日本人は本国に帰還したが、多くの在樺朝鮮人は南朝鮮への帰還が叶わなかったという。曲の最後では、ギョーム・ド・マショーなどが用いた中世ヨーロッパ古典音楽の分散奏法(ホケトゥス)の技法で、韓国の有名な民謡「アリラン」が演奏されている。
8 バイカル湖のほとり(ロシア民謡 編曲:河崎純)
中澤沙央里(ヴァイオリン)任炅娥 (チェロ)河崎純(コントラバス)青木菜穂子(ピアノ)
──母と離別した安寿と厨子王が、荘園、すなわち奴隷農場に売られてゆく母と離別した安寿と厨子王が、荘園(奴隷農場)に売られてゆく場面
ザバイカルの荒野のステップで
山々で金を掘る
放浪者は運命を呪いながら
両肩に袋を背負い引きずって行く
放浪者は運命を呪いながら
両肩に袋を背負い引きずって行く
暗い夜に牢獄を抜け出し
監獄では正義のために苦しんだ
これ以上逃げることができなかった
彼の前にバイカル湖が開けてきた
放浪者はバイカル湖に歩み寄る
漁師の船を奪い
悲しい歌を歌い始める
故郷について何かを歌う
悲しい歌を歌い始める
故郷について何かを歌う
ペレスロイカ期よりロシアの前衛 JAZZを牽引するサックス奏者セルゲイ・レートフがこの場面にそぐう、「今なおロシア人の魂の底にあるような曲だ」と推薦してくれた。
詞には、帝政ロシア産み出したシベリア開拓要員として囚人の目線で、極東への中継地点であるバイカルの厳しい自然が描かれる。大地を往く孤独、途方もなさ、郷愁、諦念…。ロシア人独特の精神を表す「タスカー」が感じられる。曲中、徐々に解体してゆくアンサンブルにはこうした歴史的背景が反映され、日本の中世の奴隷農場としての荘園のイメージも重ねた演奏となっている。
9 弦楽四重奏曲No.4 チェチェン・カザフスタン (作詞:ロマン・ヘ 作曲:河崎純)
──コリョサラム(高麗人)の男と結ばれた母は、カザフスタンで暮らしている
私が家を離れて死ぬとき
青い海の上に私の骨を撒いてほしい
風がそれを春川まで運ぶ
私の臍の緒が埋まっている土地に。
私は私の人生にひとつの願いがありました:
母国の地に雨が降って、草が伸びること
私の臍の緒が埋まっている場所に。
風が吹いて私の灰が吹かれて
軽くなって重さを失い塵になる
梨の花が咲き乱れ
私の臍の緒が埋まっている土地へ…
父の記憶の日に
高麗人だけではなく、ヴォルガドイツ人、チェチェン人、ウクライナ人、クルド人など多くの人々が、中央アジアに強制移住させられた。第二次大戦後は捕虜となった日本人シベリア抑留者も中央アジアで重労働に従事し、多くがそこで最期を迎えた。歌詞はロマン・ヘによるロシア語詞。曲は、チェチェン人のイスラム朗詠儀式「ズィクル」に特徴的な、通奏低音や歌唱方を参考に作られている。
10 ユーラシアン・シナウィ(作詞:ロマン・ヘ 音楽:即興演奏)
セルゲイ・レートフ(サックス)ヌルヒャン・ラフムジャン(ドンブラ)河崎純(コントラバス)崔在哲(韓国打楽器)ジー・ミナ(声)
──厨子王の身代わりになった安寿が踊りながら入水してゆく
ソウル公演のライブ録音。「さんしょうだゆう」では、安寿は土の中より笑いながら生まれ、笑いながら水の中で死んでゆく。それを舞踏で表現した場面の音楽であり、コールニヴァが、強制労働によって聾唖となった安寿の身体の内なる声を表現した。
カザフスタンの弦楽器ドンブラ、韓国打楽器、コントラバス、サックス、声による韓国の巫覡の合奏「シナウィ」の形式やリズムを用いた即興演奏。詞は9曲目のロシア語詩を韓国語に翻訳し、韓国宮廷音楽の歌手ジー・ミナが朗読。このCDシリーズvol.1では反対に、コールニヴァがロシア語で韓国語詞を朗読している。
11 二つの子守唄 ~12 幼子の魂 (作詞:リュドミーラ・ツォイ 訳詞・作曲:河崎純)
ジー・ミナ(ヴォーカル)小森慶子(クラリネット)小沢あき(エレキギター)立岩潤三(ドラムス)松本ちはや(マリンバ)
中央アジアの高麗人の多くは、ソ連崩壊後に推奨された中央アジアの各言語やルーツの朝鮮語を話すことは困難だ。高麗人にルーツを持つ詩人リュドミーラ・ツォイの母語もロシア語。この詩では、韓国にある子どもの精霊についての伝説が、「子守唄」としてロシア語で書かれている。曲の冒頭、ロシア全土でよく歌われる子守唄に、シリーズvol.1で宮廷正歌の歌手ジー・ミナが歌う韓国の子守唄を重ねてある。
ローマ字表記をたよりに、コールニヴァが日本語で歌う。このシリーズには日本語話者ではない歌手たちが日本語で歌う曲が数曲ある。民族間で言語や文字を奪いあい、強制してきた歴史も踏まえる必要があるが、しかし、意味を超えた響きが、民族性の差異を超える新たな魂を音楽に宿すことができるかもしれない。異国語の中に母語の痕跡はたしかに残る。
13 弦楽四重奏曲No.5 韓国(作曲:河崎純)
──母を探して北の島に向かった厨子王は済州島に漂着する
弦楽四重奏曲の最終章。弦楽四重奏曲の最終章。巫覡合奏(シナウィ)に見られる、12拍子のポリリズム・クッコリ、江原道アリランの5拍子、抗日歌としても知られる愛唱歌「青い鳥」の要素が曲中に散りばめられている。「さんしょうだゆう」の劇中では、安寿と厨子王の母を演じたダンサー、アリーナ・ミハイロヴァに捧げられた曲。
<Act 3> Poets
14 私たちははじめて聴くのだ歌というものを1(作詞:ソフィア・パルノーク 作曲:河崎純)
小森慶子(クラリネット)中澤沙央里(ヴァイオリン)近藤秀秋(ギター)河崎純(コントラバス)大塚惇平(笙)
こうして人たちは誰も居ない砂漠へとみなわかれわかれゆくが
その道の途中で再び私たちとなるだろう
それは私たちが死を迎えるそのとき。
砂漠の上を星が踊り、空がずーっと高くなってゆく
私たちははじめて聴くのだ
歌というものを
コールニヴァが敬愛するロシア象徴主義「銀の時代」の女性詩人、ソフィア・パルノークの詩をロシア語と日本語の両国語で朗読した。パルノークはロシアの代表的な女性詩人のマリーナ・ツベターエヴァとの恋愛関係でも知られる。16曲目では、同じ詩が、笙とヴァイオリンとともにロシア語歌曲として歌われる。
15 湖上都市キーテジで(作詞:アンナ・アフマートヴァ 作曲:河崎純・マリーヤ・コールニヴァ)
小森慶子(クラリネット)青木菜穂子(ピアノ)八木美知依(17絃箏)松本ちはや(マリンバ)Tamuran Music(シンギングボウル)
ちぢれ髪の坊やを寝かしつけると
湖の水ぎわを歩いた
歌をうたうと陽気になった
水をすくい取ると 聞こえてくる
なじみの声に私は耳をすませた
青白い波の下から
鐘の音
こんなふうに私たちの町キーテジでは響くのだ
ほらエゴーリーのもと
ブラゴヴェシェンスカヤの塔から
大きな鐘たち 小さな鐘たちは打ち鳴らされる
鐘たちは恐ろしい声でこう言うのだ:
ああ、おまえだけが攻撃から逃れた
私たちの愁訴がおまえには聞こえなかった
私たちの痛ましい破滅が見えなかった
だがおまえの背後 神の玉座には
消えることのない蝋燭の光
この世でおまえは何をぐずぐずしているのか
冠をかぶるのを急がないのか?
真夜中におまえの百合の花が開いた
かかとまであるベールがおまえに織られた
戦士である兄弟を 純潔な修道女の姉妹を
おまえはなぜ悲しませるのか
自分の子どもを悲しませるのか…
最後の言葉となって聞こえた
目の前が暗くなった
振り返ると
家が炎に包まれていた
(鈴木正美 訳)
ロシアを代表する女性詩人のアンナ・アフマートワの悲歌。彼女の詩はソ連時代の長い間出版を禁じられた。この詩のモチーフは、2曲目でも描かれた正教古儀式派の聖なる湖底都市「キーテジ」だ。訳者の鈴木正美は、次のように解釈する。
〈1940年代に書かれたアフマートワの一連の詩を読むと、やはり悲痛なものが多い。一方で独ソ戦が始まると、愛国的な詩を書かざるを得なかったのも事実だ。1940年はエジョフ体制を乗り越えたアフマートワにとって特別な年だった。ちょうど50歳。自分はここまで「生き残った」という感慨があったでしょう。スターリンの粛正によって友人や息子等多くの者たちがあるいは殺され、あるいは監獄や強制収容所に送られたのに、自分だけは生き延びているという悲痛なまでの罪悪感をうたった詩なのだろう。あるいはドイツのポーランド侵攻から始まった第二次世界大戦下にあって、これからさらに多くの友人・知人が殺されていくであろうことを予感している詩なのかもしれない。〉
16 私たちははじめて聴くのだ歌というものを2 メゾ・ソプラノ,笙、ヴァイオリンのための (作詞: ソフィア・パルノーク 作曲: 河崎純)
中澤沙央里(ヴァイオリン)大塚惇平(笙)
14曲目と同じ詩が、笙、ヴァイオリンとともに歌われる。
17 イスタンブール(作曲: 河崎純)
立岩潤三(打楽器)松本ちはや(マリンバ)
トルコ、イスタンブールの街の音、モスクから流れるアザーン。本アルバムの終曲は歌詞を用いない。言語から解き放たれるように軽やかに歌われる無言歌の背景には、ロシアを代表する詩人、セルゲイ・エセーニンの詩が意識されている。彼はこの街の「ボスポラス」の海の輝きを想い、そこに行くことがないまま、革命と恋に破滅し、自ら生の幕を閉じた。20世紀初頭のロシアの芸術家の多くはユーラシアの地にビジョンを広げたが、歴史に翻弄され、それぞれの運命を辿ることになる。