HOMELANDS  Eurasian Poetic Drama vol.1

 feat. Min-a Ji   


1 Before  Darkness 暗くなる前に   

2 View from the Ship 船からの眺め   

3 Reincarnation from a Lotus Flower 蓮の華から       

4 Jeju  Lullaby and  Okinawa Balsam 済州島の子守唄~てぃんさぐぬ花   

5 North Korean Lullaby 北朝鮮歌謡 子守唄  

6 Song for Literal Action まつろわぬものたちが    

7 An Korean Elegy  from «ShimCheong-ga» 挽歌「沈清歌」より 

8 A korean Funeral Song  葬列の歌(江原道の「香頭歌」より 

9   Eurasian Sinawi  ユーラシアン・シナウ 

10  In a Day of My Father’s Memory Part Ⅱ  父の記憶の日 2

11 Voices of Diaspora 故国山川    

12  About Sleep  from Old Ainu Lullaby 眠りのお船がおりたぞ   

13 Live forever 千千萬萬歳(青いその波を)   

14  The Beautiful Grandeur of Nature 美しき天然(コブス独奏)   

15  Korean Lullaby 韓国の子守唄     


作曲家/コントラバス奏者の河崎純は、ジャズをはじめとした音楽のほか、演劇やダンス方面での音楽監督を長年務めてきた。そんな河崎が「音楽詩劇研究所」を作り、音にならずに言葉となった詩、言葉とならずに残った声を、独特の形で音楽劇化し始めたのが2016年。ユーラシア大陸各地で、歌手を中心に現地アーチストとのコラボレーションによる「ユーラシアン・オペラ」の公演を行なってきた。本作は、韓国で宮廷音楽の歌手であるジー・ミナを起用し、カザフスタンや韓国で公演された「さんしょうだゆう」を再構成して、音盤上のユーラシア詩劇としたもの。

 

中央アジア、ロシアに暮らした高麗人(コリョサラム)の来歴を背景にした物語は、中世より説教節や浄瑠璃を通して語り継がれた「安寿と厨子王」と韓国のパンソリ「沈清歌」を接続させながら展開。民衆に愛された古い物語の登場人物が若き歌い手の静けき声の中に蘇る。その中に古い葬列歌や子守唄、パンソリ、北朝鮮の歌謡、済州島の舟歌などが重なり、魂のよりどころを失って彷徨う現代人のありようを暗示するかのような壮大なドラマを作り上げる。

音楽詩劇研究所 ユーラシアンオペラ「さんしょうだゆう」について

 

 このCDに通底するのは、中世から説経節などで語られる安寿と厨子王の物語「山椒大夫」。

さまざまに語られてきたが、概ね筋はこのようなものだ。

 

─いわれなく左遷された父を探し、母と2人の幼子・安寿と厨子王、乳母が磐城から越後へ向かうが、日本海で人身売買船に母子は引き離される。乳母は絶望し、海に身投げを。北の島に流され、泣き濡れて盲目になった母は畑の「鳥追い」に身をやつした。

一方、安寿は自身が入水することで奴隷農園を混乱に陥れ、厨子王を脱出させる。そして厨子王は北の島で母との再会し、復讐を遂げながら父を探す。

 

 日本、韓国、ロシア、中央アジアの20世紀史を踏まえて、新たな形に織りあげられたユーラシアン・オペラ『さんしょうだゆう』はこう続く

 

─北の島を彷徨する母はさらに北のサハリン島へ。その地でロシアへの移住をめざす朝鮮の人々に出会い、彼らとともに韃靼海峡の氷の道を渡って、極東ロシアにたどり着いた。だがその後、カザフスタンに強制移住させられてしまう。一方、母を探しに渡海した厨子王は韓国の済州島に漂着するのだった。

 

 そして、現代に蘇生した登場人物たちの眠りのうちに聞こえる「夢の歌」として、『さんしょうだゆう』の物語は展開していく。その夢の中で安寿は、韓国のパンソリで知られる「沈清歌」の主人公、沈清(シムチョン)として生まれ変わった……。


1 暗くなる前に  (作詞:河崎純 作曲: 河崎純)  

 

 河崎純(キーボード)

 

陽が落ちて真空の暗闇に包まれる

その前に目を閉じて世界の闇から聴こえて来る声をきこう


2 船からの眺め(歌詞:「沈清歌」より 作曲: 河崎純)

 

崔在哲(韓国打楽器)松本ちはや(打楽器)髙橋奈緒(ヴァイオリン) 高岸卓人(ヴァイオリン) 森口恭子(ヴィオラ) 山本徹(チェロ) 河崎純(コントラバス、エレキベース・キーボードほか)

 

 

  詩は、パンソリ「沈清歌(伝)」の一場面より。貧困にあえぐ盲目の父を救うために、海に身を捧ぐ少女の沈清(シムチョン)が、荒波をゆく船からの景色を歌う。

 

茫々と果てなく広がる蒼海を船は行く。果てしなく波濤が逆巻いている。白い花の咲く水草の生えた中洲の鷗が飛び交い、紅蓼の岸に舞い降りる。雁が砂浜に降り立つ景色に、騒がしき波音に漁師の吹く笛の音がまざる。曲終われども笛吹く人の姿は見えない。江上数峰青(ただ山々が青く霞んで見える)。船唄の声のように、うねりながら流れる水。有名な漢詩に詠まれたのは、まさにこの世の絶景。

 

 心情のダイナミズムとは対照的に、詩は漢詩の教養を交え格調高く荘厳だ。封建社会の抑圧された民衆に愛されたパンソリは、支配階級である両班社会にも好まれた。語り手には、漢文や漢詩といった宮廷や官僚の教養も求められ、漢語も織り交ぜる工夫も要求された。

 

 ジー・ミナ本来の歌唱は熱情的なパンソリの唱法とは異なるが、ここでは彼女が学んだ宮廷音楽から派生する伝統的な国楽「正歌」とパンソリを融合させ、現代的な表現のうちに民衆の魂を蘇らせた。一方で娘に救われて生き残るも、愛欲にふけっていた父は、盲目が故に女に騙され絶望する。パンソリではこうした場面もコミカルに歌われ、民衆を喜ばせる。勧善懲悪や仏教的叙情にストーリーが収斂していく傾向がある日本の口承芸能とは異なり、韓国の伝統芸能は、民衆の姿の力強さ、人間の多様性を許容するのだろう。宮廷の貴族ではなく民衆の魂が現代に甦る。


3 蓮の華から (作曲: 河崎純) 

 

渡部寿珠(フルート)髙橋奈緒(ヴァイオリン) 高岸卓人(ヴァイオリン)森口恭子(ヴィオラ) 山本徹(チェロ)河崎純(コントラバス)三浦宏予(朗読)

  

 親孝行が讃えられた沈清は蓮の花の中に入って海を渡り、海の王子の妃となる。

 台詞は、「山椒大夫」がさまざまな形で伝播する中で、青森の巫女たちに伝わった「イタコ語り」(「お岩木様一代記」より)のバージョンを三浦宏予が朗読したもの。土に埋められていた赤子の安寿が、土と藁の中から自力で蘇生する場面の台詞だ。「山椒大夫」と「沈清歌」という二つの口承芸能が繋がる。

 

死んだものだべが 生きだものだべか 

掘りあげで見れば 私の身の上は 

死んだわけでもなし 

成長(おが)つて笑ってる身体である


4 済州島の子守唄~てぃんさぐぬ花(韓国・琉球民謡 編曲: 河崎純)

 

崔在哲(韓国打楽器・ヴォーカル)松本ちはや(打楽器)近藤秀秋(ギター・チェロ)

 

  済州島の子守唄は独特で、エギドク (揺り籠)を揺らしながら歌われた。 海女の仕事などを営む女性が家事や農作もほとんどこなし、その合間に唄いながらあやして寝かしつけたからだ。済州島では、風、石、女性が象徴的な役割を果たした。

 

自然豊かなこの島には、古来、数多の神話が存在した。半島だけではなく、古くは蒙古に支配され、琉球とも交流があった。さまざまな文化が海を渡り、独⾃の文化を育んだ。

 曲の終わりにハミングで琉球民謡「てぃんさぐぬの花」が歌われ、韓国語翻訳が朗読される。「てぃんさぐぬ」は鳳仙花の琉球における呼称であり、韓国で最も大切にされている花だ。家族の出自を済州島にももつ打楽器奏者の崔在哲(チェ・ジェチョル)がチャンゴと声で合いの手を入れる。

 

1.  ホウセンカの花は 爪先に染めて

  親の言うことは 心に染めなさい

2.  天上に群れる星は 数えれば数えきれても

  親の言うことは 数えきれないものだ

3.  夜の海を往く船は 北極星を目当てにする

  私を生んだ親は 私の目当て(手本)だ


5 北朝鮮歌謡 子守唄  (作詞・作曲: 리한범 編曲: 河崎純) 

 

熊坂るつ子(アコーディオン)青木菜穂子(ピアノ)松本ちはや(打楽器)

 

わたしの赤ん坊よ 

眠って夢の国に旅だっておくれ 

わたしの可愛い赤ん坊」

 

 北朝鮮の子守唄。韓国の歌手チョー・ヨンピルが平壌に招かれた折、北朝鮮の歌謡曲のなかからプロパガンダ的要素がないこの曲を選んで歌った。作曲は日本統治時代に日本の音楽学校で西洋音楽を学んだイ・ハンボム。


6 まつろわぬものたちが (歌詞:「興甫歌」より 作曲: 河崎純)

 

崔在哲(韓国打楽器)松本ちはや(打楽器)河崎純(キーボード)熊坂るつ子(アコーディオン)

 

 歌詞はパンソリで知られる「興甫歌」の一節。身体に障害をもつ人々が瓢から次々に現れる。韓国には障害者の身体や表情を模倣する「病身舞」という独特の伝統芸能があるが、しかしそれは皮相的、一面的に批判を受けることもある。

 

ぐいと引き出せば、奉事(めしい)がその数、五、六百その紐につかまりて、ぞろぞろと出で来る。後ろより現れ出でたるは、片腕者、足萎え、指無し、半身不随、義足の者、蜜紙(ろうがみ)にて鼻覆いし者、脚に血を塗りし者、胸に穴のあきし者、しもやけの顔ぐじぐじとくずれし者、唇落ちて 乱抗菌のすけすけに見ゆる者、脚ぶくぶくに腫れ上がり柱ほどにもなりし者、背骨がぐいと盛り上がり太鼓を背負いしごとき者、身の丈一尺ほどの者、口が片方に歪みし者、皮の冠かぶりし者、チェップル冠をかぶりし者、破れ平涼笠かぶりし者、熊手巾の紐さげし者、刑杖の担い紐のみ負いし者、甘苔(のり)一握りとぼろ空石(むしろ)を背負いし者、籠を寝床にし灰だらけの姿に出で来し者、つづれの袴衣の単衣(ひとえ)の夏着にランタンの油煙しみたる者、ぞろぞろ次から次へと…

 

 パンソリの歌は、負のエネルギーのように思われる「恨(ハン)」を解きほぐす民衆の生命力に溢れている。パンソリの「パン」は場、「ソリ」は音を意味し、たとえばこのように説明される。

 

〈パン〉人が多く集まって何かが行われている場所。その開始・経過・終結の全過程。

〈ソリ〉自然界の音響・音声のすべて。笑い声、泣き声、ため息など多様な人間の情と「恨」の声。

 

ジー・ミナが、宮廷の歌い方ともパンソリとも異なる独自の解釈でそれを歌う。


7 挽歌(韓国民謡 編曲: 河崎純) 

 

河崎純(コントラバス)

 

 お前が死んでもこの道、私も死ねばこの道だ。

人間の世界を去るのはどんな人間も同じだ。

 

パンソリ「沈清歌」の一節。赤子だった沈清を残して先だった妻の死を嘆く父が歌った挽歌。韓国各地には、棺を担ぎながら歌う葬列歌(サンヨソリ)が多く残されている。 


8 葬列の歌(江原道の「香頭歌」)(韓国民謡 編曲: 河崎純) 

 

熊坂るつ子(アコーディオン)崔在哲(韓国打楽器)河崎純(コントラバス)

 

世上天地、万物の中 

人間の他にまた何があろう

 

 儒教を重んじる李朝では、高麗時代に保護された仏教、あるいは民衆古来のシャーマニズムは公的に禁じられた。が、それらは、民衆の慣習や死生観には残った。これは農村や葬列に歌われた世俗の仏教挽歌で輿かつぎが唱う冒頭の歌詞のみを用いている。 


9  ユーラシアン・シナウィ(作詞: ロマン・ヘ  音楽:即興演奏)

 

セルゲイ・レートフ(サックス)ヌルヒャン・ラフムジャン(ドンブラ)河崎純(コントラバス)崔在哲(韓国打楽器)マリーヤ・コールニヴァ(声)吉松章(謡)

 

 私が家を離れて死ぬとき 

青い海の上に私の骨を撒いてほしい 

風がそれを春川まで運ぶ 

私の臍の緒が埋まっている土地に。 

 

私は私の人生にひとつの願いがありました:

母国の地に雨が降って、草が伸びること 

私の臍の緒が埋まっている場所に。 

 

風が吹いて私の灰が吹かれて 

軽くなって重さを失い塵になる 

梨の花が咲き乱れ 

私の臍の緒が埋まっている土地へ… 

父の記憶の日に

 

 ユーラシアン・オペラ『さんしょうだゆう』で、安寿は土の中から笑いながら生まれ、笑いながら水の中に死んでゆく。その様を舞踏で表現した場面の音楽。カザフスタンの弦楽器ドンブラ、韓国の打楽器チャング、サックス、コントラバスが、韓国の巫覡合奏「シナウィ」の形式とリズムを用いて即興演奏をし、強制労働によって聾唖となった安寿の身体の内なる声をロシア人歌手マリーヤ・コールニヴァが表現した。サックスは、ロシア前衛JAZZの先駆者セルゲイ・レートフ。演奏はソウル公演の録音音源より。そこにさらに、「沈清歌」の一節の日本語朗読と、厨子王の演者・吉松章による能の囃子をオーヴァーダビングしている。

 

 李朝末期にあった朝鮮半島や日本統治時代の前後、多くの人が朝鮮半島から極東ロシアに移住した。しかしそうした移民は、第二次世界大戦で日ソが敵対関係になったために、スターリンによって日本人スパイの嫌疑をかけられ、中央アジアに強制移住させられた。同時期、日本の国家総動員法により、数多の朝鮮人が労働力としてサハリン島に移住させられたことも知られる。

 

 終戦直前、ソ連の侵攻を逃れることができた日本人の大半は本国に帰還した。だが、ソビエト領となった樺太にいた韓国人は南朝鮮への帰還が叶わず、ロシア人として暮らすこととなる。詞の作者、ロマン・ヘの両親もまた、1940年日本統治時代の樺太へ渡って日本人として暮らし、第二次大戦後はソ連人に。ロマン・ヘは戦後の1949年に生まれ、現在もサハリンに暮らす。


10  父の記憶の日(作詞: ロマン・ヘ  作曲: 河崎純)

 

渡部寿珠(フルート)近藤秀秋(ギター)青木菜穂子(ピアノ)松本ちはや(グロッケンシュピール)河崎純(エレキベース)マリーヤ・コールニヴァ(声)

 

 前曲の詩の韓国語翻訳が朗読される。曲後半では、目が開かれる韓国語のオノマトペをジー・ミナが囁き、マリーヤ・コールニヴァが反復している。それは、「沈清歌」のラストシーンで、海の王子の妃になった沈清が、盲目の父や韓国中の盲人の目を開く音。

 韓国語にはユニークな擬音が多いが、コールニヴァ曰く、ロシア語にはオノマトペがほとんどないとのこと。


11 故国山川(歌詞: 不承  作曲: 田中穂積 編曲: 河崎純)

 

青木菜穂子(ピアノ)河崎純(コントラバス・キーボード)サインホ・ナムチラク(声)

 

故国山川をあとに数千里 

山も川も見知らぬ他郷に身を置いて 

淋しい心に思うは故郷 

思い出すは懐かしい友よ (姜信子 訳)

 

 極東ロシアや中央アジアへと移住した高麗人が故郷を思う歌。旋律は明治時代に作曲された日本の唱歌「天然の美(美しき天然)」のものだが、それとは歌詞が別物になっている。一部の旋律は歌われないが、そこは日本の伝統に独特で、朝鮮半島では用いない音階の部分だ。日本人にとっては違和感のない旋律だが、録音時に、ジー・ミナがこの旋律も歌おうと何度も試みたものの難しかった。

 

 日本の伝統音楽や民謡には三拍子のものがほとんどなかったことから、この曲は、初めてできた三拍子の曲ともいわれ、サーカスのジンタやチンドン屋のメロディーとして親しまれた。三拍子が多い朝鮮半島には馴染みやすかったのか、詞を変えて歌い、遠い故郷を思ったようである。

 ここで歌われるのは、その中でも高麗人が歌い継いだバージョン。ユーラシアン・オペラ『さんしょうだゆう』で盲目の母を演じた、ロシアのコンテンポラリーダンサー、アリーナ・ミハイロヴァの母方のルーツも釜山出身の高麗人だ。カザフスタン公演の際、高麗人の老夫妻をたずねて河崎とともにインタビューをし、歌の記憶をたずねた。この曲には、その時採られたドキュメント音源が挿入されている。ロシアのキリル文字で書かれた歌詞カードを見ながら歌われる「アリラン」。中央アジアやロシアに暮らす多くの高麗人はすでに韓国語を理解することが困難だ。

 

 最後にコントラバスのピチカートで奏でているのは、美しい旋律をもち今も韓国で親しまれる「青い鳥」。独立、抗日運動で処刑された全奉準を讃えた歌でもある。


12  眠りのお船がおりたぞ(歌詞: アイヌ民謡「60のゆりかご」より 作曲: 河崎純)

 

渡部寿珠(フルート)髙橋奈緒(ヴァイオリン) 高岸卓人(ヴァイオリン)森口恭子(ヴィオラ) 山本徹(チェロ)河崎純(コントラバス)

 

 この世界に 世界の上に 降ってきて

そこから 生まれるのが眠りというものです

あなたはそれを聞きたくて啼いているのですから

私が聞かせてあげますよ そう歌うんだと

眠りのお舟が 降りたぞ 降りたぞ

 

 アイヌの子守唄「60のゆりかご」の歌詞の日本語訳。作曲はいかなる民族性をも排することがめざされた、いわば「人工の唄」。例外的にアイヌ伝承の子守唄「ピリカ ピリカ」の一節がフルートの演奏によって引用されている。

 

 このシリーズでは、日本語を解さない歌手が日本語で歌う曲がいくつかある。民族間で言語や文字を奪いあい、強制してきた歴史も踏まえる必要がある。しかし、異国語の中には母語の痕跡が残り、意味を超えた響きが、民族性の差異を超える新たな魂を音楽に宿すことができるかもしれない。


13 千千萬萬歳(青いその波を)(作曲: 河崎純)

 

渡部寿珠(ピッコロ)近藤秀秋(薩摩琵琶、ギター)髙橋奈緒(ヴァイオリン) 高岸卓人(ヴァイオリン)森口恭子(ヴィオラ) 山本徹(チェロ)松本ちはや(打楽器)河崎純(キーボード)吉松章(謡)三木聖香(ヴォーカル)サーデット・チュルコズ(ヴォーカル)

 

 千千万万才を生きてください 

この歌がやんでも

きれいなあなたは永遠に忘れることができない。

(「沈清歌」より)

 

 ジー・ミナ本来の韓国宮廷音楽の歌唱法で、ゆっくりと歌われる一曲。吉松章は謡曲「高砂」などでも用いられる、千秋楽と永遠を願う「萬才」を歌い、さらに、トルコの中央アジアカザフ族の歌手の子守唄など歌が混ざり合う。これは「夢の歌」だ。

 歌の背景は、エレクトロニクスと室内楽編成を中心にし、近藤秀秋による演奏は盲僧琵琶に通ずる薩摩琵琶で録音されている。


14  美しき天然(コブス独奏)(作曲: 田中穂積   編曲: 河崎純・ヌルヒャン・ラフムジャン)

 

ヌルヒャン・ラフムジャン(コブス)崔在哲(声)

 

青いその波の上で

蓮の花になって目を開いてください 

この歌がとまっても

きれいなあなたは永遠に忘れることができない。 

(「沈清歌」より)

 

 11曲目で歌われた旋律を、イスラム化以前のシャマニズムで用いられてきたカザフスタンの古楽器キル・コブスで独奏。伝統楽器奏者ヌルヒャン・ラフムジャンによる演奏は、ユーラシアン・オペラ『さんしょうだゆう』ソウル公演のライブ音源より。

 

 『さんしょうだゆう』では、安寿と厨子は現代の韓国の若い姉弟として甦る。彼らが家族のルーツを求めてソ連時代に核実験でできたカザフスタンの人造湖に二人が訪れる場面から物語は始まる。青年は生物のいない湖畔でまどろんだ。『さんしょうだゆう』の物語は「夢の歌」としてその眠りのなかに展開した。目覚めた青年は、歌を探しに亡き父の故郷日本を訪れた。この場面は映像の中で展開される。東京・東上野のコリアンタウンから街を歩き、蓮の葉の緑で埋められた不忍池の畔で佇んでいる。映像とコブスの響きに重なるように、蓮の花の色の布を纏い、沈清に転生した安寿が現れる。

 

 在日コリアンである打楽器奏者のチェ・ジェチョルは、公演では韓国語で歌唱や朗読を行ったが、この場面だけは、母語である日本語で朗読した。

11曲目で歌われた旋律をイスラム化以前のシャーマニズムで用いられてきたカザフスタンの古楽器キル・コブスを伝統楽器奏者ヌルヒャン・ラフムジャンが独奏。歌を探しに日本を訪れた、韓国の青年(厨子王の子孫)が、父の行方を求めて東京の東上野のコリアンタウンから街を歩き、蓮の葉の緑で埋められた不忍池の畔で佇んでいる。桃色の布を被った女が映像の中に入ってくるように現れた。韓国、日本の古い説話の二人のヒロインが彼女の身体で一つに重なった。在日コリアンである打楽器奏者のチェ・ジェチョルは「さんしょうだゆう」ソウル公演では、すべて韓国語を用いて歌唱や朗読を行ったが、この場面だけ母語である日本語で朗読した。


15  韓国の子守唄(江原道民謡 編曲: 河崎純) 

 

熊坂るつ子(アコーディオン)河崎純(コントラバス)松本ちはや(打楽器)

 

 ねんねこ ねんねこ 我が子よ。

ねんねこ ねんねこ 我が子よ

コッケコー鶏よ、鳴くな。

我が子が目覚める  

ワンワン ワンコよ、鳴くな。

我が子が目覚める

ねんねこ ねんねこ 我が子よ。

ねんねこ ねんねこ よく眠る

 

 歌手自身の記憶による、江原道伝承の子守唄。

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